月の残業100時間超は法律違反? 長時間労働によるリスク防止と対策
2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行され、日本の労働環境は大きく変貌を遂げています。なかでも、長時間労働の是正に繋がる「時間外労働の上限規制」への対策は、各企業の人事労務担当者にとって喫緊の課題です。労働基準法第24条には、「賃金全額払いの原則」が定められており、原則として残業代は1分単位で支払わなければなりません。
こうした中、「月の残業時間が100時間を超えている」などの状態を続けていると、企業と従業員双方にとって深刻な弊害を生み出してしまう可能性があります。本コラムでは、長時間労働によるリスク防止と適切な対策について詳しく解説します。
この記事の目次
残業100時間は違法。違反すれば罰則も
働き方改革関連法の施行により、労働基準法の保護対象外となる役員や管理監督者など一部の例外を除き、残業および休日労働時間の合計100時間を超える労働は基本的に違法となりました。労働基準法36条に基づく協定、いわゆる「36(サブロク)協定」を従業員との間で締結することが、1日8時間・週40時間の法定労働時間を超える残業や休日労働(時間外労働)を求めるために必要なのはすでにご存知の通りです。36協定を締結していても、基本的に月の残業時間は45時間が上限となっており、100時間の残業は違法になります。
業務繁忙期など、臨時の特別な事情がある場合、36協定を締結する際に「特別条項」を付けることで、例外的に45時間を超える残業を企業が従業員に求めることは可能です。しかし、そうした場合でも、36協定で締結した残業時間を含め、残業時間および休日労働時間の合計は月100時間未満の範囲に限られます。
このように、残業100時間を超える労働を企業が従業員に求めることは、法律で大変厳しく扱われているのが現状です。仮に違反するようなことがあれば、労働基準法119条1号、36条6項2号により「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」に処せられる可能性がありますので、注意してください。
また、名目上役員や管理職に相当する役職を従業員に充てたとしても、労働の実態がこれまでの立場と変わらない(時間の制約を受け、企業の指揮命令を受けて働く)のであれば、労働基準法の規制は適用されます。働き方改革が進む中、労使ともに時間外労働の上限について、いま一度確認作業が必要な時代といえるでしょう。
残業100時間って、いったいどんな状況?
ひと月の残業100時間が、基本的に労働基準法違反となることはおわかりいただけたかと思います。そもそも残業100時間とは、どのような状況を指すのでしょうか。
仮に月20日間就労した例で考えてみると、残業100時間は1日平均5時間の残業を行っているという計算です。言い換えれば、就労した日に5時間の残業をすると、ひと月の残業が100時間になります。原則として定められている法定労働時間は1日8時間なので、この場合、平均して「1日13時間以上」の労働を「20日間」行っているということになります。
例えば、休憩時間1時間を含む所定労働時間が9時から18時の場合、1日の仕事が終わるのは23時になります。食事や風呂、職場への通勤時間なども考慮すると、1日のうち自由に使える時間はほとんどないといえる状況でしょう。就労日は睡眠時間もわずかになりがちで、その影響が心身を休めたりリフレッシュしたい休日にまで及びかねません。
もちろん、体力的な部分は個人差がありますが、それを鑑みても、残業100時間は従業員にとって過酷な状況です。また、家庭を持つ従業員であれば、一家団らんの時間を確保することすら難しいといえます。
残業100時間は多方面に悪影響を及ぼす
企業内に長時間の残業が慢性化しているような状況が続いていると、従業員はもちろん、雇用している企業にもさまざまな悪影響が出てくることは避けられません。ここでは、長時間残業が従業員と企業それぞれに及ぼす影響について解説していきます。
従業員に及ぼす影響
残業100時間が慢性化しているのは、従業員にとっては「毎日終電帰り」を余儀なくされる状況です。1日は24時間しかありません。知らず知らずのうちに心身ともに疲労が蓄積し、やがて過労死を招くなど取り返しのつかない事態が生まれる可能性すらあります。
働き方改革が進む中、2021年に労災認定の基準、いわゆる「過労死ライン」が20年ぶりに見直されています。「発症前2~6か月間の時間外労働が平均月80時間を超える」、もしくは「発症1か月間の時間外労働が月100時間を超える」という状況が「過労死ライン」と評価される基準そのものに変更はありませんが、見直しにより残業などの時間が達していなくても、基準に近い残業時間をはじめとする関連性の強さを総合的に評価することで、過労死などの認定を受ける可能性が高まりました。
過労死、過労自殺まで長時間労働を続けることは、従業員本人だけでなく、家族にとっても悔恨を残す結果しか生み出しません。そうなる前に意識的に休息をとり、心身の不調を予防することが肝要といえるでしょう。
- (参考):厚生労働省 STOP! 過労死
企業に及ぼす影響
残業100時間の慢性化は、従業員だけでなく企業に与える影響も甚大です。収入アップを求めてある程度の残業を許容する従業員にとっても、過労死ラインとなるひと月の残業100時間は、心身ともにかなりの負担です。有能な従業員が残業によって疲弊し、転職に踏み切られることは、企業にとって避けなければなりません。
このような離職が増えてしまうと、やがて人手不足に陥ってしまいます。そして人手不足になれば、残った従業員個々の負担が増し、残業がさらに増えるばかりか、次なる離職を招いてさらに人手不足になるという「負のスパイラル」を招くでしょう。
「企業は人なり」と昔からいわれるように、企業の継続的な成長のためには人材の流出を防ぐことが大切になってきます。会社の業績にも直結する課題として、長時間労働の見直しは不可欠といえるでしょう。
また、従業員の残業の増加に伴い、それに応じた残業代の支払いが発生します。
通常、時間外労働の割増率は25%以上です。しかし月60時間を超えた場合、残業への割増賃金率が50%以上になることは、企業側にとって忘れてはいけないポイントでしょう。
例えば、給与を時給換算に置き換えて1,800円とした場合、残業100時間の残業代は最初の60時間分が25%増加(1.25)の割増率、60時間を超過した40時間分には50%(1.5)の割増率が適用されるとすると、従業員に支払う残業代は次のようになります。
[1,800円×60時間×1.25]+[1,800円×40時間×1.5]
=135,000円+108,000円=243,000円
残業100時間はもちろん、それを超えるような残業に対して支払うコストは、かなり高額になることは間違いありません。
さらに企業にとって注意を払わなければならないのは、労働時間の違反に関する処罰や社会的リスクについてです。労働基準法119条1号、36条6項2号に基づく「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という刑罰が課せられます。また、近年はSNSなどを通じてすぐに情報が拡散されてしまうため、違反をした企業としてのブランドイメージの失墜から、新規採用や取引先との関係など、多大な影響を及ぼす可能性は否定できません。情報拡散のスピードの速さだけでなく記録として残り続けることもあるため、注意しましょう。
過労死ラインとは?効率的な勤怠管理で従業員の健康と会社を守る
残業が慢性化する仕事(職場)環境とは?
残業100時間になりやすい職場には一定の傾向があり、それをひとつずつ解消していくことが職場環境の改善、ひいては企業の業績アップに不可欠です。では、残業が慢性化する職場環境とはどのようなものでしょうか?よくあるケースを従業員と企業それぞれの立場から見てみましょう。
仕事量の割に人手が不足している
従業員一人あたりの残業が長時間化している背景には、必要な業務量に対する人材不足が挙げられます。いくら優秀な人材でも、一人でこなせる業務量には限界があるものです。また、向き不向きの問題もあり、苦手な業務を抱え込むことで処理に時間がかかってしまい、結果的に残業が増えてしまう傾向があります。
新規採用に関するコストなどを比較した際、既存の従業員に残業を求めた方がいいケースもあるかもしれませんが、適正な労務管理を行うには、人材確保と配置の見直し・適正化が必要です。
長時間労働が評価される雰囲気が充満し、残業が常態化
旧態依然とした職場の場合、長時間労働を美徳とする雰囲気が根強く残っているのは珍しいことではありません。しかし、時代が昭和から平成、令和と移り変わる中、「ワークライフバランス」という言葉に代表されるように、過労死や精神疾患の要因のひとつとされる長時間労働に対する社会的意識は大きく変わってきています。
こうした流れの中で「働き方改革」は進められ、いまや長時間労働は美徳ではなく、改善の対象となっています。残業している上司をよそに部下が帰りづらいなど、長時間労働を断れない雰囲気が職場に充満していると、作業効率や従業員の定着率など多くの部分でマイナス要素しかありません。
長時間労働の解消は、人事労務担当者にとって避けては通れない課題です。労働時間および労働環境の適正化を図ることは、長期的に見れば企業と従業員だけでなく、社会全体の円滑化・活性化にも繋がります。
長時間労働を削減するために
長時間労働の是正には、労使双方で問題点を出し合い、ひとつずつ改善していく必要があります。それぞれで行うべき対策について見ていきましょう。
従業員が気をつけるべきこと
真面目で責任感の強い従業員ほど、知らず知らずのうちに蓄積された疲れによる心身の変化に気づかず、オーバーワークしてしまいがちです。日頃の健康管理に注意することはもちろんですが、具体的な基準で見ていく必要があります。
過労死をもたらす原因のひとつが長時間労働にあります。疲れに対する感覚は人それぞれのため、「疲れているかどうか」という曖昧な基準ではなく、「労働時間の長さ」という誰にでも共通する基準で評価しましょう。
また、家族・友人をはじめとした周囲の声も参考にするのもよいでしょう。自分では気づかなくても、周囲はあなたの微妙な変化を察知して声かけをしてくれます。その他、違法な残業を強いられていないか、適切な残業代が支払われているかどうかのチェックもしてみてください。
企業が取り組むべき対策
長時間労働が常態化している場合、人事労務担当者が取り組むべきは不必要な労働時間の削減です。これまで見てきたように、残業100時間を超えるケースは法律違反のため、残業が常態化しているのであれば早急に解決することが必要になってきます。
平成23年10月に中小企業における長時間労働見直し支援事業検討委員会にて実施されたアンケート結果によると、「時間管理が評価される管理職・一般従業員人事制度の導入」「労働時間適正化に関する従業員向け教育の実施」「経営者等主導の労働時間削減プロジェクトの実施」の3項目で生産性の向上や人件費にプラスの影響がもたらされているという結果が出ています。
これらの結果からわかるのは、残業時間の管理体制を整え、管理職・従業員ともに適切な労働時間で働く意識を醸成するようなカルチャーを作っていくことが、長時間労働を解消するための手立てとして有効である可能性があるということです。
具体的な例としては、残業の許可を上司が行うルールを明確化したり、目標の残業時間を設定して評価基準へ盛り込む、労働時間削減のために現状の業務を効率化する手立てを考える会議を導入するなど、明確に残業を削減するための目標を立てられるような仕組みがおすすめです。
こうした取り組みと併せ、改めて就業規則を見直してみるのもよいでしょう。残業時間の上限はもちろん、必要な残業を行う際の上司の許可に関する手続きなどを、就業規則に明記することで、残業体系に関するスムーズな運用が期待できます。就業規則を見直す場合、法的に瑕疵がないかどうか、適宜企業側の労働専門弁護士に相談しながら進めましょう。
時代に応じた適切な労務管理を行うためには、具体性かつ効率的な取り組みが求められます。リアルタイムの勤怠管理の体制を整え、長時間労働を行っている従業員を早期発見し、過労死や精神疾患による休職を未然に防ぐことが、これからの人事労務担当者にとって求められるスキルといえるでしょう。
勤怠管理システム導入で、労働時間の管理を適正化
働き方改革関連法が順次施行されていることを受け、企業および人事労務担当者に求められているのは、従業員の正確な労働時間を把握し、適切な対策を行うことです。残業の発生につながる理由はひとつだけではありません。法令に則った労働時間の管理体制を構築するには、労働時間や残業時間はもちろん、休日労働などを自動集計できる勤怠管理システムの導入が効果的です。
従来使用されていたタイムカードでも把握はできますが、実態が伴っている記録になっているかがポイントです。アナログ管理だと集計だけでも大変な時間がかかるため、自動集計が可能なシステムを利用する方が効率的といえます。また、残業時間の超過を防ぐには、リアルタイムでの集計が欠かせません。1日単位、月単位、年単位での時間外労働に関する上限規制に対応する場合、従業員個々人の状況に応じてアラート表示するなど適切な勤怠管理をサポートすることができます。
まとめ
ここまで、残業100時間を超えた場合の違法性および問題点、人事労務担当者が対応しなければならない方法を中心に解説してきました。労働時間の適正な管理は、企業の規模に関係なく行わなければなりません。従業員の時間外労働を適正に管理することは、従業員の健康と生活を守るだけでなく、企業にとっても業績を発展させるために重要なポイントになっています。自社の残業時間は適切に管理できているのか、今一度見直してみましょう。
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- 監修石川 弘子
- フェリタス社会保険労務士法人 代表
特定社会保険労務士、産業カウンセラー、ハラスメント防止コンサルタント。
著書:「あなたの隣のモンスター社員」(文春新書)「モンスター部下」(日本経済新聞出版社)
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