労働時間端数処理の注意ポイント【社労士解説】
従業員のタイムカードの打刻時間を丸めたり、残業時間を切り捨てたりしていませんか?
労働時間の端数処理の方法には法律で定められたルールがあります。
端数処理を誤って賃金支払いに不足があると、労働基準法違反となり、労働基準監督署から厳しい指導を受けることもあります。従業員から請求されれば訴訟リスクを抱えることにもなりかねません。
正しく労働時間の端数処理ができているか、確認してみましょう。
この記事の目次
労働時間把握の前提
労働基準法に、労働時間や休憩、休日、深夜労働などの規定があることから分かるように、使用者は労働時間を適正に把握・管理する責務があります。働き方改革関連法の成立に伴い、労働安全衛生法も改正され2019年4月1日から施行されています。
これまでは、労働時間の把握について明確に規定する法律はありませんでしたが改正労働安全衛生法には、長時間労働をする労働者を対象に面接指導を実施するため、労働者の労働時間の把握義務について明記されています。(※1)
労働時間の把握方法は、タイムカードによる記録やパソコンなどの使用時間の記録といった客観的な方法が必要です。(※2)労働時間や休憩、休日の適用がない管理監督者も含め、労働時間の把握が義務づけられています。
- (※1):e-Gov「労働安全衛生法 66条の8の3」
- (※2):e-Gov「労働安全衛生規則 52条の7の3」
賃金支払いの原則
労働基準法第24条では、「全額払いの原則」として、「賃金は全額を労働者に支払わなければならない」、また同法第37条では、「時間外労働や休日労働、深夜労働に対して割増賃金を支払わなければならない」と定めています。そのため、たとえ1分であっても、法定労働時間を超える労働時間の端数を切り捨てて賃金を計算することは、労働基準法違反となり認められません。
法定労働時間を超える労働には、割増賃金を支払わなければならず、1回の残業ごとに分単位の集計が必要です。わずかな時間でも1ヵ月積み重なると数時間になる場合があります。その分の労働の対価が支払われなければ、労働者は不利益を被ることになります。
今回は「割増賃金の計算における労働時間の端数処理」「その他の端数処理」に分けて解説していきます。
最初に、割増賃金の計算における労働時間の端数処理について見ていきましょう。
給与計算などの事務を簡便にする目的として、例外的に認められる端数処理の方法があります。
割増賃金の計算における労働時間の端数処理の例外
割増賃金の計算における労働時間の端数処理には以下の2つの例外があります。
- ①1ヵ月における時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること
(割増賃金計算における端数処理:昭和63.3.14 基発150) - ②法律で定める基準を上回る処理として、端数を常に切り上げて計算すること
①の方法は、事務の簡便を目的としたものであり、常に労働者にとって不利益となるものではないことから認められる方法です。
②の方法は、賃金を計算するうえで労働者にとって有利な取り扱いとなるため、問題ありません。
しかし、①、②ともに割増賃金を計算するうえでの事務の簡便を目的に端数処理を行うものです。労働安全衛生法の労働時間の把握義務とは目的が異なるため注意が必要です。
なお、参考までに上記の通達では賃金についても言及しているのでご紹介します。
- ・1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること
- ・1ヵ月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、上記と同様に処理すること
罰則
端数処理に問題があって賃金や残業代の未払いが発生すれば、労働基準法第24条および第37条の違反となります。
労働基準法には、罰則の規定があり、第37条違反は「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」、第24条違反は「30万円以下の罰金」です。
法律違反があれば、労働基準監督署から是正を求められる可能性があります。また、悪質と判断されたり指導に従わず改善の意思がないと判断されたりすれば、罰則が適用される可能性もありますのでリスクを認識しておきましょう。
注意ポイント
割増賃金の計算における労働時間の端数処理で注意する3つのポイントを見てみましょう。
①1日単位や1週間単位での端数処理は認められていない
割増賃金の計算における労働時間の端数処理で賃金計算の簡素化が認められているのは「1ヵ月」のみ。日ごとに1分単位で集計した時間外労働、休日労働および深夜労働の各々の労働時間数を計算し、1ヵ月の合計時間のみ端数処理ができます。一方で、1か月の合計のみの算出ではなく、休日、深夜等の各労働時間の把握も必要になるので、注意が必要です。
②1か月の総労働時間が法定労働時間内に収まっている場合の端数処理は認められていない
あくまでも「時間外・休日・深夜の各労働時間の合計」の端数処理が認められます。1か月の総労働時間が法定労働時間内に収まっている場合、労働時間の端数処理は従業員側に不利になるため認められません。労働時間は原則「1分単位」で把握し所定労働時間が8時間未満の場合は、法定内労働と法定外労働を区分して労働時間を計算するようにしましょう。
③端数の切り捨て行う場合、切り上げ処理も必要
1ヵ月の残業時間の合計30分未満を切り捨てるのであれば、30分以上の端数は1時間に切り上げる必要があります。30分以上を切り上げせずに、30分未満の切り捨てのみ行うことはできません。常に切り捨てて計算すれば、切り捨てた時間分の賃金が未払いとなってしまいます。
- 〇1ヵ月の残業時間の合計が10時間20分の場合、「30分未満の端数」となる20分を切り捨て、残業時間を10時間とする
- ×1ヵ月の残業時間の合計が10時間30分の場合、「30分以上の端数」となる30分を切り捨て、残業時間を10時間とする
- 〇1ヵ月の残業時間の合計が10時間30分の場合、「30分以上の端数」となる30分を切り上げて、残業時間を11時間とする
他の端数処理
これまで割増賃金の計算における労働時間の端数処理について見てきました。しかし、賃金を計算するうえで生じる労働時間の端数処理についても問題が生じることがあります。
遅刻、早退、欠勤等の時間
遅刻や早退、欠勤時間が発生したとしても、労働提供のなかった限度を超える時間の端数を切り捨てることはできません。
例えば、5分の遅刻を30分の遅刻として賃金カットをするような処理の方法は、賃金の全額払いの原則に反し違法となります。
この場合、遅刻した5分について賃金を支払わないことは、ノーワーク・ノーペイの原則を考えれば問題ありません。しかし、25分については労働の提供のなかった限度を超える賃金カットのため、労働者が不利益を被ることになってしまいます。
また、遅刻そのものの行為を就業規則に定める減給の制裁として行う場合には、賃金の全額払いの原則に反しません。
労働基準法第91条(減給の制裁)では、「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」と定めています。懲戒処分として法の範囲内で賃金カットをすることは可能ですが、就業規則に遅刻や欠勤した場合の懲戒事由を定めておく必要があります。
ただし、労働契約法15条(懲戒)では、「懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と定めています。合理性や相当性という点で問題が生じる可能性があることは認識が必要です。
1ヵ月の賃金支払額
以下の方法は、1ヵ月の賃金支払額の端数処理賃金における支払いの便宜上の取り扱いと認められ、法律違反として取り扱わないことになっています。ただし、就業規則に定めておく必要はあるでしょう。
- ・1ヵ月の賃金支払額(必要な控除等を行った後の額)に100円未満の端数が生じた場合、50円未満の端数を切り捨て、それ以上を100円に切り上げて支払うこと
- ・1ヵ月の賃金支払額に生じた1,000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払うこと
労働時間の端数処理を正しく行わない場合のリスク
労働時間の端数処理を正しく行わないことで賃金や残業代に未払いが発生すれば、労働基準法違反となり、労働基準監督署から是正の指導を受けることになります。しかし、リスクはそれだけではありません。
従業員からの未払い残業代の請求
賃金や残業代に未払いがあると、会社は従業員から未払い賃金を請求される可能性があります。弁護士や、本人から内容証明郵便などで未払い賃金を請求されたり、労働組合を通じて請求されたりするケースなどさまざまです。さらに、労働審判や民事訴訟による司法手続きにより請求されれば、訴訟リスクを抱えることにもなりかねません。
一度未払いの残業代を請求されると、その後他の従業員から同様の請求が繰り返される可能性もあり、未払残業代の請求は、企業にとって大きなリスクを背負うことになります。2020年4月の民法改正により、一般債権に係る消滅時効は、「権利を行使することができることを知ったときから5年間」「権利を行使できるときから10年間」行使しないときには消滅することとされました。(※1)
これを受けて、労働基準法上の賃金請求権の消滅時効期間が5年に改正されましたが、経過措置として当分の間は3年となっています。(※2)2020年4月以降に支払期日が到来した賃金請求権の消滅時効は2年から3年に延長されました。しかし、これは経過措置で5年に延長される可能性もあります。
未払い賃金は、従業員が退職後に請求されるケースが多く、請求できる期間が延長されたことは、それだけ企業にとってリスクが増えたと言えるでしょう。また、民事訴訟では付加金の支払いを請求されることがあります。
付加金とは、残業代などを支払わない場合の一種のペナルティです。残業代などの未払いがあった場合に裁判所が会社に対して、未払いの賃金の支払いに加えて同額の支払いを命じることができます。
- (※1):法務省「民法(債権法)改正」
- (※2):厚生労働省「未払賃金が請求できる期間などが延長されます」
会社の評判が悪くなる
従業員から未払い賃金の訴訟を起こされていることが報道されれば、会社は風評リスクを負うことになります。ブラック企業として、SNSや転職サイトの口コミ・掲示板で情報が書き込まれるようなことがあれば、新規採用に苦戦したり、ユーザーの不買運動が起こる可能性もあります。
労働基準監督署への対応
労働者からの申告などがあれば、労働基準監督官署による事業所への立ち入り調査や事情聴取、帳簿の提出を求められる可能性があることも知っておきましょう。是正勧告や改善指導、使用停止命令などの指導があれば、改善報告が必要になります。悪質な場合には、送検されることもあるのです。
2018年に実施した監督指導は、1年間に約17万件、そのうち主体的・計画的に実施する定期監督等では、約68%の事業場で労働基準関係法令違反が認められています。主な違反事項は以下の通りです。
- ①時間外労働に関する届出を労働基準監督署に届け出ない、または届け出た上限時間を上回って時間外労働を行わせたもの
- ②機械や設備などの安全基準を満たしていなかったもの
- ③時間外労働などに対して割増賃金を支払っていないもの(一部未払いを含む)
- (参考):厚生労働省「労働基準監督署の役割」
まとめ
労働時間の端数処理を正しく行わないことは、企業にとって大きなリスクとなります。正確に従業員の労働時間を把握し正しく端数処理を行うことは、会社を守ることにもつながります。
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